| 1,勝どき橋 隅田川の最下流にある橋。真ん中が開閉する橋だった。旅順陥落祝勝記念として「勝鬨の渡し」が設置された。勝鬨橋は1940年6月完成。「皇紀2600年」月島地区で開催予定の国際博覧会へのアクセス道路だったが、日中戦争で中止。1954年を最後に開閉しなくなった。当時は下の写真のように開閉した。 |
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今回は銀座から歌舞伎座の前を通って、築地市場でお昼を食べて勝どき橋から隅田川をさかのぼる予定だった。
場外市場は、観光バスツアーで満員。ペットボトルをもって「隅田川テラス」を行く。蔵前橋までは右岸(下流に向かって)を通る方が走りやすい。 |
| 2,佃大橋 築地と対岸の佃島を結ぶ「佃の渡し」にかかる橋。住吉神社の裏手に佃小橋がある。NHKの朝のドラマの舞台。もちろん「佃煮」の発祥地。 |
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| 2−2 南高橋(みなみたかはし) 八丁堀に続く亀島川には水門がありるので、南高橋を迂回する。この橋桁は関東大震災で壊れた両国橋の一部を移築したものである。橋の手前には鉄砲洲稲荷神社がある。そこにはお富士山がある。 |
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| 3,中央大橋 佃島の高層マンション(IHIの工場跡にできたリバシティ21)に東京駅から真っ直ぐにつながる斜長橋。平成5年(1990)に完成した。実用一点張りの佃大橋に比べ、デザインも凝っている。バブルの産物。 |
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| 4,永代橋 5代将軍綱吉の50歳の誕生日を記念して、深川の渡しに架けられた橋。橋のたもとで赤穂浪士は休憩し、泉岳寺に向かった。対岸は永代島。昔は永代寺があり、いい富士山があったが、寺自体がなくなった。今は深川不動、富岡八幡宮に変わっている。ちなみに門前仲町の門は永代寺の門のこと。今の橋は関東大震災の復興事業として大正15年に架けられたアーチ橋。ライトアップされている。 |
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| 4−2 豊海橋 日本橋につながる日本橋川にかかる橋。ここから永代橋の眺めは趣がある。永井荷風も好んだという。橋の前に「日本銀行発祥の地」の看板あり。近くに「高尾太夫」を祀る高尾稲荷がある。いわれはなかなかおもしろい。 |
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| 5、隅田川大橋 箱崎から出た高速道路が隅田川を渡るのに会わせて造られた橋。上部が高速、下が一般道路。橋をくぐると、穴の空いたおもしろいビルが見える。水天宮からつながる道路。 |
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| 6,清洲橋 鋼鉄製の吊り橋。ドイツのライン川にかかる橋をモデルにした。震災復興事業で昭和3年に完成。カーブがなかなか美しい。永代橋、勝どき橋とともに重要文化財に指定された。平成19年。対岸の芭蕉庵のテラスから見た方が美しい。テラス脇の橋は萬年橋。 |
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対岸にある深川芭蕉庵のテラス。芭蕉さまが隅田川を眺めている。芭蕉は小名木川を舟で砂川の稲荷神社あたりまで行き来した。
奥の細道へはここから出立し、隅田川をのぼって千住大橋で舟を降り、「行く春や鳥啼き魚の目は泪」と詠んで、草加に向かった。 |
| 7,新大橋 黄色いモダンな斜張橋なので、新しい橋のように思えるが、隅田川にかかる橋の中で3番目に古い橋である。前にあったのは千住大橋と両国橋(当時は大橋)だけだった。綱吉将軍の元禄6年(1693)にできた。芭蕉
は、架設中の橋を見て「 初雪や かけかかりたる 橋の上 」とよんだ。現在の橋は昭和51年(1976)に完成した。 |
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| 8,高速道路橋 このあたりから上流に向けて隅田川左岸には首都高速6号向島線が通る。左下写真の左手には浜町公園があり、浜町河岸があった。 |
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| 9,両国橋 千住大橋の次ぎに隅田川に架けられた橋である。武蔵と下総の両国にまたがる橋。現在も京葉道路がとおる大動脈である。「明暦の大火(振袖火事)」(1657)
の時、火災で逃げ場を失った江戸の人は ここまで逃れたが、川を渡れず多くの焼死者を出した。そのため幕府は架橋をせざるを得なくなった。橋のたもとの回向院は、大火の犠牲者を弔うために建てられた。 |
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| 9−2,柳橋 上の写真にある2隻の舟は左手の神田川から、ゴミを積んで下ってきたものだ。その神田川に架かるのが柳橋。幕末、明治以降、柳橋は花柳界として知られた。「春の夜や女見返る柳橋」正岡子規。現在は粋な黒板塀もなくなった。明治になり、新橋花柳界が優勢になった。柳橋芸者は伝統的に江戸芸能にきたえられえた芸者だったので、野暮な田舎金持ちには受け入れられなかった。 |
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隅田川テラスは勝鬨橋からズーと右岸を通っている。両岸にテラスはあるのだが、こちらの方が走りやすい。
時々南高橋、豊海橋、柳橋などを迂回しなければならないが、左岸の迂回よりも距離は短い。
左下の写真は右の写真と同じような位置からとっている。橋のたもとは亀清楼。 |
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| 10,総武本線鉄橋 両国−浅草橋間 総武線の黄色い電車が走る鉄道専用橋。両国駅前には国技館、江戸東京博物館がある。右下の青い屋根が国技館である。対岸高速道路下の隅田川テラスには浮世絵が画かれている。しかし右岸の方が走りやすい。蔵前工業高校の生徒達の運動場になっている。 |
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| 11,蔵前橋 下の写真は2本の橋が重なって見える。手前はNTTの専用の橋で昔は電電橋と言ったそうだ。人が渡ることはできない。蔵前は幕府の米蔵があったことから名前が付いた。この橋まで隅田川テラスがあるが、その上流にはないので、この橋を渡って左岸に行く。そちらは墨田区横網(横綱ではない)。横網公園には震災の復興記念館がある。一度は見ておきたい場所だ。昭和2年完成。 |
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| 12,厩橋 下の写真は元の米蔵があった場所。ここは通れない。左岸は右下の写真。整備はされているが、高速道路の下で、気分は悪い。緑色3連のアーチ橋は厩橋。昭和4年完成。 |
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| 13、駒形橋 橋のたもとに駒形堂があった。駒形堂の前が都営浅草線の浅草駅。上野駅前から真っ直ぐ来るとこの橋に出る。 |
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隅田川左岸のコースには親水公園で、土の道が造られている。上に高速道路があるが、まあ気分は和らぐ。
後ろに見える緑の橋が厩橋。青いアーチの橋が駒形橋。この橋は中央部分だけがアーチになっている。
厩橋は3連のアーチ、上流の吾妻橋は道路の下の部分が3連のアーチ。中間にある駒形橋はその中間型であるのは設計者の遊びかな? |
| 14,吾妻橋 浅草寺に最も近い橋。赤く着色されているので、よく目立つ。よく目立つのは橋のたもとのビルにある巨大ウンコ。ぴかぴか光っているが掃除をするのが大変そうだ。平成15年、ウンコ前のテラスには勝海舟の銅像が造られた。海舟なので7月21日の海の日に除幕式が行われた。 |
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勝どき橋から蔵前橋までは隅田川の右岸(下流に向かって右)を通ってきたが、蔵前橋からは左岸に移った。このまま左岸を行ってもいいが、また吾妻橋を渡って、浅草雷門をみて、右岸を行くのもいい。ただしお花見時、花火時はどちらも歩くことは不可能。
私はどちらかというと左岸派。墨堤はいいお寺、神社など見所あり。と言っても信心ではなく長命寺の桜餅・・・・言問団子など。食い気の方である。 |
| 15,東武伊勢崎線 花川戸鉄橋、なかなかいい名前だ。特急が通るまで待ってとった写真です。次の駅が業平橋、そこに新しい電波塔、なんとかツリーができる。そんな敷地があるのかしら。地盤だって悪そうなのに! |
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| 16,言問橋 台東区花川戸 と 墨田区向島を結ぶ 言問通り(水戸街道) が渡る橋。橋は昭和
3年(1928)、震災復興計画による復興橋梁として新規に架設された。何の変哲もない、見応えのしない実用橋だ。地元の人でないと「ことといばし」とは読めないだろう。 |
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橋の名前は「伊勢物語」在原業平 の「名にし負わば いざ言問はん都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」の古歌に由来しているそうだ。
都鳥はゆりかもめだ。我が母校の校章は都鳥。多少は縁がある。
この橋の上流に唯一の人道橋である桜橋がある。その手前に小さな水門がある。今は暗渠だが、昔の山谷掘。その土手が吉原大門に向かう道だった。 |
| 17、桜橋 隅田川唯一の人道橋。昭和60年に隅田公園内の施設として作られた。両岸とも連絡の道路はない。桜の花見、花火の見物時には大勢の人で賑わう。 |
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区役所のホームページから借用。
真上から見るとX形をした珍しい橋だ。
左上が下流。次の橋が言問橋。その上が花川戸鉄道橋。2棟の高層ビルが墨田区役所と例のウンコビル。
右岸の体育館の上の緑が待乳山の聖天さま。 |
| 19,白髭橋 白髭橋で右岸の隅田川テラスは終わる。9kmの石柱の手前で堤防の中に入る。ちなみに堤防の中は人が住んでいるところ。堤外地は河原と流れ。このあたりから水神大橋にかけて、ブルーシートの建物が多くなる。昔は「橋場の渡し」として交通が多かった。業平の渡し船もこのあたりのことだろう。今は明治通になっている。 |
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20,水神大橋 この橋は最初は人道橋だったが、平成8年車も通れる橋になった。名前の由来は
隅田川神社で、古くは 「水神宮」 と呼ばれた。 「隅田川の鎮守」 として、近隣の漁師や船乗り達のから
「水神様」 の愛称で親しまれている。
「隅田川神社」 から少し北に古寺 「木母寺(もくぼ じ)」 がある。 「梅若丸」 が人買いにさらわれ、奥州に連れて行かれる途中、この地で病気になって12歳の若さで他界した。「 訪ね来て 問はば応えよ 都鳥 隅田河原の 露と消えぬと 」 |
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| この橋の上流は鐘ヶ淵、そこで綾瀬川が合流する。綾瀬川は荒川とつながっている。私はふだんは、東武線堀切駅を越えて荒川河川敷にでて、江北橋まで走り、王子駅から石神井川沿いに帰宅することが多い。とりあえず、本日はここまで。 |